狩野高光さん
三軒茶屋を中心に「和音人 月山」などを展開する、株式会社和音人 代表取締役。東京都出身。
社会の中で自分の居場所を見出せなかった少年が、焼鳥店で働く中で飲食業の魅力に触れ、自身が進むべき道を決断。
以来、イタリアンレストランやスペインバルなど多様な飲食店で経験を積み、28歳で独立開業を実現しました。
東京・三軒茶屋で業態の異なる店舗によるドミナント戦略を展開し、すべての店舗を繁盛店へ。
現在は自社事業のみならず、外食産業の地位向上に向けて幅広い活動を続ける狩野高光さんに、これまでの半生を伺いました。
●目次
・「お客様の笑顔」をゴールにすると、サービスも料理もぶれなくなる
・開業準備に「やりすぎ」はない。さまざまな知識や知見が現場で必ず生きる
・飲食業に誇りを持って進む人が増えるほど、日本の食の未来は豊かになっていく
原点は地元の焼鳥店。ベーカリーから高級店まで修行に励んだ
東京の下町でもんじゃ焼きの店を営む両親のもとで生まれ育った狩野さん。
幼い頃から店のお手伝いをしていたため飲食業は身近な存在だったことに加え、家業を継いだり、職人の道へ進む友人たちがほとんどで、就職する選択肢はなかったのだとか。
そんな狩野さんは中学卒業後、近所の焼鳥店で働き始めます。
狩野さん: とにかく焼鳥という食べ物が好きだったので、店の大将にお願いして働かせてもらうことになりました。
働き始めて2年目くらいに、常連のお客様に対して初めて串を焼かせてもらったのですが、自分が焼いた串を喜びながら食べてくださって。
中学時代に社会から必要とされていないと感じていた自分が、初めて認められたような気持ちになりました。
飲食業の魅力に気づきましたし、自分の居場所を見つけることができたと思っています。
その後、19歳の頃には、匠と呼ばれるような料理人の元で仕事をしてみたいと、著名なパン職人がオーナーを務める地元の有名ベーカリー店で働くようになります。
狩野さん: 新店舗を開業する際にアルバイトとして入ったのですが、焼きや成型など、ほとんどの仕事を学び、自分でも担当するようになりました。
その店では保育園にパンを届けていて、配達を私が担当していたのですが、子どもたちがすごく喜んでくれるんですよ。
焼鳥店で働いていた頃は大人との交流しかありませんでしたが、同じ飲食業でもパンの業界は子どもにも喜んでもらえる。
それは新しい発見でもあり、感動もありました。
今、弊社では食育に力を入れているのですが、振り返ってみると、この時の体験がきっかけになったのかもしれません。
ベーカリー店では店長を務めるまでになったものの、もっと広い世界で自分を試してみたい気持ちを抑えられなかった狩野さんは、ある求人広告に目を留めました。
その会社とは、都心部で数多くのレストランを展開する株式会社グローバルダイニングでした。
狩野さん: 自分が育った街を出て、東京のど真ん中で勝負してみたかった。
当時からグローバルダイニングはすごい会社でしたから、そこで何を感じて、何を学べるのかを試してみたくてサービス(ホール)のアルバイトに応募しました。
気合と根性だけは誰にも負けないと自負していましたが、いきなり初日にけちょんけちょんにされて鼻をへし折られました(笑)
最初に配属されたのはイタリアンを提供する「カフェ ラ・ボエム」でした。
そこで待っていたのは、これまで経験したことのない業務ばかり。
寝る時間を削ってホールのオペレーションや注文業務を習得した結果、1か月後にはアルバイトリーダーへ昇格。
社内制度を活用して、同社のトップレストラン「タブローズラウンジ」へ異動しますが、ここでもまた衝撃的な体験と出会いが待っていました。
狩野さん: 社内にヘッドハンティング制度があり、5店舗ほどから声をかけていただいたのですが、一番高級で、一番レベルの高い場所に身を置きたくて『タブローズラウンジ』を選びました。
お客様はテレビで見かけるような人や大使館の方など、すごい人ばかりで。
まだ20歳の若僧には気後れするようなことばかりでした。中でも衝撃的だったのは、その店のバーのトップにいるアントニオさんという方との出会いでしたね。
オーダーを取りに行くと『アントニオにお任せする』というお客様がいっぱいいらっしゃるんです。
この業界には、お客様に信頼され、満足を提供できる方がいるのだなと。
飲食店において、サービスがいかに重要であるかをグローバルダイニングや、アントニオさんを通じて学ばせていただきました。
グローバルダイニングで修行を積む2年間で、少しずつ独立を考え始めるようになった 狩野さんは、新たな経験を積むために転職を決意します。
22歳の時でした。
「お客様の笑顔」をゴールにすると、サービスも料理もぶれなくなる
独立開業にあたって、グローバルダイニングが運営するような大きな店舗を目指すのは、あまりにリアリティーがないと考えた狩野さん。
小規模な店舗を運営する方法を学ぶため、恵比寿でスペインバルなどを運営する株式会社エルアンドエスにアルバイトとして入社しました。
狩野さん: グローバルダイニングではイタリアンをメインに学ばせていただいてたので、違うジャンルも経験したくてスパニッシュの世界を選びました。
タブローズラウンジでスタイリッシュな接客を学んできたので、自信を持って入社したのですが、この会社がまた衝撃的で……。
社長の山田さんは元お笑い芸人で、最初に言われたのが『愛をもってお客様の笑顔をつくることがサービスの本質であり、うちの会社が一番大切にしていること』だと。
スタッフは山田さんの下で育ってきた人ばかりなので、みんな面白いんですよ。
一緒に働いていても楽しいですし、お客様もみんな笑っている。自分が学んできたものとは全然違う世界があることに驚きました。
私は、サービスでも料理でも、ゴールになるのはお客様の笑顔だと考えているのですが、それを教えてくれたのがこの会社でした。
同社では23歳で店長に昇格し、スタッフのマネジメントという新たな業務も経験。
狩野さん同様、スタッフはすべてアルバイトでしたが、若い店長に対しての反発もあり、店内のオペレーションがうまくいかない、売上が向上しないなど多くの問題に直面したそうです。
狩野さん: スタッフから『なんで、それをやらなくちゃいけないんですか?僕は違うと思います』とか平気で言われていましたね。
グローバルダイニングでアルバイトリーダーになった時もそうでしたが、自分のあり方次第で私を見る周りの目が変わってくるんですよ。
周囲の目を変えたければ最初の1〜2か月が勝負だと思っているので、仕事が終わった後はスタッフとコミュニケーションを取るように心掛けました。
私の思いも共有しますし、相手の思いも全部理解できるくらい深くコミュニケーションを取りながら、チームづくりに尽力しました。
その結果、店長就任から2か月後には、過去最高売上を達成することができたんです。
自分の糧となる、とても良い経験ができたと思っています。
エルアンドエスに在籍しながら、独立後に役立つだろうとソムリエの資格も取得した狩野さん。
独立開業に向けた機運が徐々に高まっていきました。
当初、27歳での独立を考えていたものの、なかなか良い店舗物件が見つからなかったため、さらなる勉強のために業態の異なる2社にて同時進行でアルバイト。
その間に日本酒の利酒師の資格も取得し、飲食系の経営ゼミに参加したり書籍を読み漁ったりし、入念に準備を進めました。
そして、28歳となった2015年、ついに独立開業を果たします。
開業準備に「やりすぎ」はない。さまざまな知識や知見が現場で必ず生きる
2015年2月、株式会社和音人(ワインビト)を設立し、同年6月には山形食材を使ったフレンチBBQスタイルの焼鳥を看板メニューとした「和音人 月山」を三軒茶屋に開業。
たちまち繁盛店となり、その半年後には、同じく三軒茶屋に2号店となる「GYOZA SHACK」をオープンしました。
狩野さん: 独立開業にあたっては、ドミナント戦略とランチェスター戦略(資本力や規模で劣る弱者が、大企業などの強者に勝つための競争戦略)の掛け算で展開しようと考えていました。
まだ若く、資金力もないので弱者の戦略を取るしかありませんでしたし、飲食の大手企業が進出していない地域でナンバーワンの店舗を目指し、その地域内で店舗を増やしていこうと計画しました。
事前に街を調べる中で候補に上がったのが、三軒茶屋と学芸大学のエリア。
どちらも魅力的な街ですが、三軒茶屋の空気感は少し特別なものに感じました。
「和音人 月山」の業態に関しては、狩野さんの飲食経験の原点であり、多くの人に愛されるポピュラーな料理である焼鳥を間口としながら、山形県の奥深い食文化や食体験に出会えるような飲食店を目指したのだとか。
狩野さん: 最初に瞬間燻製の焼鳥を提供することは決めていました。
フランスの農家ではワイン用のブドウの枝木を燃やしてバーベキューを楽しむことを知っていましたので、国内のいろいろなワイナリーを回って行く中で山梨県の勝沼醸造さんと出合い、いただいた大量の枝木を炭に混ぜて焼く手法を考えました。
また、山形県内の全ての酒蔵の日本酒を取りそろえ、ワインも国産にこだわりました。
瞬間燻製の焼鳥、山形県の郷土料理、山形県の日本酒、国産のワインを4本柱に据え、そのどれかが誘客につながれば、と考えました。
結果、最初は日本酒が注目され、テレビ番組で店が紹介されたことで一気に人気に火がつくとともに、街の人たちにも認知されることになりました。
焼鳥は狩野さんの飲食業界の原点とも言えるメニューですが、山形県の食文化にこだわった背景には、創業パートナーであり同社の取締役である齋藤太一さんの存在がありました。
流行に左右されて消えていくような飲食店ではなく、持続可能な店づくりを目指していた狩野さんにとって、齋藤さんの言葉が心に響いたといいます。
狩野さん: 私は東京生まれ東京育ちですが、齋藤は山形県の月山の麓に位置する、人口わずか170人の村で育った人間です。
独立前に彼の故郷へ行く機会があり、そこで日本の原風景とも言えるような自然に触れた時に、日本にもこんな素晴らしい風景や食材があることに気付かされたんです。
彼から『この村を存続させたい』という思いを聞いている中で、『和音人 月山』の業態コンセプトが頭に浮かび、これならば齋藤の夢をかなえられるし、社会の中で必要とされる存在になれるのではないかと考えました。
なので、店名も齋藤の発案で『月山』としてスタートしました。
売上より大切なものを守る覚悟が、長く愛される店を生み出す
流行に乗って消費されるのではなく、長く愛され、社会に求められる飲食店にこだわる狩野さん。
2号店となる「GYOZA SHACK」も、当時のスタッフの「餃子の店をやりたい」という思いをかなえるために開業したのだという。
この店も口コミで人気に火がつき、あっという間に繁盛店に成長。
その勢いのまま3年間で7店舗を開業し、周囲からも経営は順調そのものと思われていました。
しかし、実際は売上とコストが見合わず経営状態が悪化し、会社の規模を縮小。
それに追い打ちをかけるように、時代はコロナ禍へと突入していきました。
狩野さん: 素材本来の味を生かすことや、食材にお金をかけることは譲れませんでした。
これらのこだわりに対して数字が合わないことが、ずっと続いたことが原因でしたが、そこを諦めるなら飲食店を続ける意味がない。
それと、私は経営者の前に料理人なので、店舗を拡大させることよりも、現場に立ってお客様と接することを大切にしたい。
そのためには多店舗化を目指すよりも、一つひとつのブランドを洗練させることを最優先にすべきだと結論づけ、自分たちの業態を磨き上げることにシフトしました。
自分がやりたいことは何なのか。
改めて自分自身を見つめ直した結果、こだわりは貫きつつ、その価値や思いを価格転嫁につなげる経営戦略に転換。
それにより客単価は上がり、来客数も以前よりも増加。
同社の食へのこだわりに賛同してくれるファンをつくるという戦略が功を奏しました。
飲食業に誇りを持って進む人が増えるほど、日本の食の未来は豊かになっていく
経営戦略を転換したことで、多くの飲食店が危機に直面したコロナ禍を乗り切ったのも束の間、2024年に再び大きな危機が訪れました。
狩野さんは脳梗塞に倒れ、生死をさまよう体験をしたのです。
狩野さん: それまでの私は、仕事こそ人生と考え、あまり家族のことを顧みずに生きてきました。
ところが病院で意識を取り戻してからの3日間、ただ家族のことばかり考えている自分がいました。
仕事は人生を豊かにするものの一つの要素ではあるけれど、本当に大切なのは家族だということに気づいたんです。
そこで大きく人生観が変わりました。
仕事に復帰してからは社員との個人面談でも『一番大切にしたい人は誰か』、『大切にしたい価値観は何か』を必ず聞くようになり、この会社で働く中で、どうすれば全員が幸せに生きていけるかを考え、一緒に見つけるという社員教育に変更しました。
いわば、自己理解の授業みたいなものなのですが、それを行うようになったことでスタッフの変化や成長を、ものすごく感じられるようになりました。
飲食業への情熱はそのままに、大病を経験したことで人生観が大きく変わった今、狩野さんが目指す飲食業のあり方とは、日本を豊かにし、その連鎖を世界に広げていくこと。
狩野さん: 先人たちが築き上げてきた日本の食文化は、世界に誇れるものです。
飲食店が有するQSC(品質・サービス・清潔さ)という『機能的価値』、人と人との間に生まれる『情緒的価値』、そしてその先にある『体験的価値』といった、日本の食文化の価値を自分で言語化してスタッフと共有しています。
また、飲食店は、学生や若者たちの教育機関であって、地域を活性化させていくハブのような存在でもあり、食品消費の40%以上を外食産業が担っていることから日本の食料安全保障に資する『社会的価値』もあると思っています。
そして、日本食が世界で広く知られているように『文化的価値』もあります。
これらの価値を言語化し、その価値がお客様に伝わることで外食産業が豊かになり、外食産業が豊かになれば食全体の産業も豊かになり、それが最終的に日本の豊かさにつながる。
そして、日本が豊かになれば世界も豊かになっていく。
それが私の描いている世界観です。
同社のスローガン「全ては次の世代のために」に込められた思いは、子どもたちだけに向けられたものではありません。
これから飲食業を目指す未来のオーナーに向けられたエールでもあります。
狩野さん: 私自身、飲食業は本当に素晴らしい仕事だと思っています。
開業を考えている人は、飲食業の価値に気づいたうえで、その道を選ぼうとしているわけですから、誇りを持って前に進んでほしいと思います。
そして、今だけではなく自分たちの子どもの世代や未来に向けて、この素晴らしい飲食業というバトンを渡していくのだという気概を持って取り組んでいただけるとうれしいですね。
自社の経営のみならず、今も焼鳥職人として店に立ち続ける多忙な日々を過ごしながら、 外食産業の地位向上に向けて若手飲食店経営者コミュニティの創設に携わるなど、精力的な活動を続けている狩野さん。
その言葉の数々から、自分を育ててくれた飲食業への愛と誇りが感じられます。
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