宮﨑 元成さん
「マグロスタンダード」などの居酒屋を展開する、株式会社Pay it Forward 代表取締役。東京都出身。
中学生の頃に抱いた飲食業への思いと経営者への憧れ。
その実現に向けてひたむきに走り続けた中では、大きな失敗や挫折も味わったという宮﨑さん。
しかし、諦めることなく挑戦を続けてきた結果、30歳を目前に独立開業を実現。
以来、毎年のように新店舗を展開し、その全てを人気店へと押し上げました。
そして今、世界進出の第一歩としてベトナムに出店。
常に新たな挑戦を続けてきた宮﨑さんの半生を伺いました。
●目次
・父の背中に経営者への憧れを抱き、本気で仕事に取り組む大人の姿に、自分の未来を夢見た
・お客様が来るのは当たり前ではない。挫折で知った先輩の偉大さ
・個人の力で店は変わらない。自身の失敗からチーム作りの重要性を知る
・独立はリーグ戦ではなくトーナメント戦。初戦で負けたら“試合終了”
・これからの飲食店は、社会課題解決と経済価値創造の両立が求められる
・“イケてる未来”を創っていくために、日本の飲食の価値を高めていく
父の背中に経営者への憧れを抱き、本気で仕事に取り組む大人の姿に、自分の未来を夢見た
宮﨑さんが飲食業を志すきっかけは、中学時代にさかのぼります。
鮮魚卸の創業者である父が、自宅で食事中に見ていたDVD。
その映像の中には、居酒屋で生き生きと働く人たちの姿があり、そのみんなが誇りをもって本気で仕事をしている。
こんな大人がいるのだと衝撃を受けました。
宮﨑さん: 今思えば刷り込みですね(笑)。
言葉にはしないまでも、父は私に飲食業に興味をもって欲しかったのでしょう。
当時から鮮魚卸の事業を継がせる気はないと言われていましたが、漠然と社長になりたいという思いはありました。
それ以来、自分にとっての選択肢は飲食業以外、考えられないようになりました。
高校時代から飲食店でアルバイトをはじめ、大学時代もさまざまな飲食店を経験。
しかし、宮﨑さんが勤務していた店には、中学時代にDVDで見たような、キラキラした大人がいないように見えました。
「貴重な時間を無駄にしたくない、もっと将来の勉強になるような店を経験したい」と、仕事を通じて数多くの飲食店オーナーと親交のある父に、その思いを伝えたところ、紹介されたのが「なかめのてっぺん」などの飲食店を展開する株式会社MUGENの社長である内山正宏さんでした。
宮﨑さん: アルバイトする前に雰囲気を見てほしいから、店で一緒にご飯を食べようと内山さんから連絡をいただきました。
ご飯を食べながら言われたのが『恩返しという言葉があるけれど、実は恩返しではなくて“恩送り”なんだよ。恩はその人に返すのではなく、次の世代にバトンタッチして送るもの。俺は、お前のお父さんにはすごく世話になっているから、その恩をお前に返すね』という言葉。
これが、私にとって企業経営の原点になっていて、後に弊社の名“Pay it Forward”の由来になります。
宮﨑さんは「なかめのてっぺん 丸の内店」でアルバイトを開始しましたが、それまでの飲食店経験がまったく通用せず、連日の厳しい指導で精神的に追い詰められてしまったといいます。
宮﨑さん: 半年で体重が8kgくらい落ちて、出勤する時も店の看板を見たら気持ち悪くなってしまうようになって。
母からは『早く辞めたほうがいい』と言われていたのですが、父の紹介だから迷惑をかけてしまうし、簡単には逃げられないと思っていました。
大学卒業後は社員として入社する流れでしたが、このままでは心も体も壊れてしまうと、卒業後はワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアのシドニーへ渡航することを決めました。
いわゆる“海外逃亡”ですね(笑)
お客様が来るのは当たり前ではない。挫折で知った先輩の偉大さ
渡航の準備期間もアルバイトを続けた宮﨑さん。
変わらず指導は厳しかったものの、課題を一つ一つ乗り越えてきたことで自身の成長を感じるようになり、気づけば“楽しい”とさえ感じられるようになっていました。
シドニーに渡った後、当時住んでいたシェアハウスのオーナーに投資をしてもらい、現地で知り合った同年代の友人6人とハンバーグレストランを開業したというほど、飲食店に魅了されていました。
宮﨑さん: 海外で店を開業したと聞けばカッコ良く聞こえるかもしれませんが、2か月くらいで経営が行き詰まってしまって……。
日本にいた頃は繁盛店でアルバイトしていたので、開店しさえすればお客様が来るのは当たり前でしたが、自分たちで店をオープンしてみると、お客様が1人も来ない日がある。
その現実を前に、お客様が来るのは当たり前ではないことを痛感しました。
資金が底をつき、日々の生活にも困窮するようになった宮﨑さん。
その状況を知って心配した父と内山さんが急遽シドニーを訪れました。
数日間、共に過ごす中で宮﨑さんはMUGENへの入社を決意します。
宮﨑さん: 改めて、内山さんが魅力的な人だと思って。
もう一度働かせてほしいと内山さんにお願いしたところ『中途半端な気持ちで帰って来るのならダメだ。やるならちゃんと腹を決めてやれ』と。
私は『誰よりも早く店長になって、将来は独立したいです』と伝えました。
もう迷いはありませんでしたね。
帰国後の2016年5月、MUGENに正社員として入社。
同社の看板業態である炉端居酒屋「なかめのてっぺん 横浜みなとみらい店」にて、宮﨑さんの飲食業人生が本格的にスタートしました。
個人の力で店は変わらない。自身の失敗からチーム作りの重要性を知る
MUGENに入社した宮﨑さんは、店長の資格を得るために社内の料理検定に合格する必要があることを知ります。
ほとんど料理経験がなく、業務の間の休憩時間や帰宅後の時間をキャベツの千切りやだし巻き卵作りに人一倍の時間を費やしたそう。
その努力の結果、入社7か月で副店長に昇格。
その後、最年少で店長に就任。
「なかめのてっぺん 横浜みなとみらい店」を同社の最優秀店舗賞へと導きました。
宮﨑さん: 店長への就任は名刺の肩書きが変わる程度の感覚でしたが、こんなにもスタッフからの見られ方が変わるのかと驚きました。
それまでは『一緒に頑張りましょう』という雰囲気だったのに、前任の店長と比較されるようになり、スタッフが不満を抱えるようになってしまって。
そこで、スタッフ一人ひとりに時間を作ってもらって、『私に対する不満を言う会』を設けたんです。
そこで気づいたことが、私自身がスタッフ全員に目的を共有できていなかったということです。
目的を共有するようになるとチームとしてまとまり、売上も向上していきました。
そういった経験を経て、宮﨑さんは「なかめのてっぺん 渋谷ストリーム店」の立ち上げや、MUGENの海外プロデュース店舗「Uoharu 香港店」で現地スタッフの店舗研修を担当するようになります。
宮﨑さん: アルバイト時代からお世話になっている先輩の後押しを受けて、香港の店舗への出向が決まったのですが、現地へ行ってみると、関係のない日本人がやって来たみたいな空気で。
最初はうまくいかず、日本語対中国語でバチバチにバトルしていました。
何とかしなければと思ってやったことは、スタッフを毎日飲みに誘うという何ともシンプルなことで(笑)。
仕事の話ではなく、くだらない話をして過ごしていました。
お互いの人となりを理解できたからか、スタッフたちのスタンスが良い方に変わっていきました。
言葉も文化も違いますが、やはり結果的には人だなと実感した経験でした。
現地スタッフへの指導によって、3か月で店の売上を20%向上させた宮﨑さんは、帰国後に「なかめのてっぺん 丸の内店」へ。
そのタイミングで「なかめのてっぺん 名古屋店」がNPO法人居酒屋甲子園主催の大会に出場することが決まります。
これは、「居酒屋から日本を、世界を元気にする」を目的とした全国の居酒屋が参加する業界最大級のイベント。
そのプレゼンテーションメンバーの1人に宮﨑さんが選ばれます。
宮﨑さん: 既存店の店長から新店舗の立ち上げ、海外出向までも経験させてもらいましたし、居酒屋甲子園の壇上にも立たせていただいた。
MUGENでやれることは結構やれたと感じていましたし、『30歳までに飲食業で独立する』という目標に向けて退職を決意しました。
それが28歳の時です。
独立はリーグ戦ではなくトーナメント戦。初戦で負けたら“試合終了”
2019年3月にMUGENを退社し、独立への道を歩み始めた宮﨑さんでしたが、当時はコロナ禍真っ只中。
4月には緊急事態宣言が発令され、宮﨑さんの目には開業への道が閉ざされたように見えていました。
宮﨑さん: 正直、心が折れて独立を諦めかけてもいました。
なので、当初は先輩の店を手伝って過ごしていたんです。そんなある日、久しぶりに内山さんとお会いする機会があり、現状を報告したところ『どんな時代でも、どんな環境でもやる人はやるものだ。コロナは言い訳だろ。お前はどうするんだ?』と。
その言葉に背中を押されてエンジンがかかり、物件探しを始めました。
その翌月には物件を決め、4か月後の2021年3月に東京・錦糸町に、1店舗目となる「マグロと炉端 成る」をオープン。
30歳目前の29歳10か月での独立開業を果たしました。
当初から多店舗展開を目指していた宮﨑さんにとって、この開業は目標達成の出発点に過ぎません。
宮﨑さん: スポーツの世界に例えるなら、独立はリーグ戦ではなくトーナメント戦だと思っているので、初戦で負けたら終わり。
だから、1店舗目は絶対に負けられない勝負、絶対に勝てるゲームをしなければいけない。
そう考えた時、自分が経験した業態はMUGENで経験した炉端だったので、その強みを生かすために1店舗目は炉端で勝負することにしました。
経験のある業態とは言え、コロナ禍で休業する飲食店が多く、外食を自粛する人も多い状況下において、宮﨑さんはどのようなアプローチで集客を行ったのかは興味深いところです。
宮﨑さん: 当時、コロナ禍でも営業している飲食店の情報がSNSに流れていたんです。
これを活用すればポスティングや宣伝にお金を使わなくても集客できるのではないかと考えました。
そこで、開業前に店のSNSアカウントを作って、錦糸町界隈で飲んでいるユーザーを3,000人ほどフォローし、オープン前に2,500人ぐらいのフォロワーを集めることができました。
店がオープンしてからは営業情報を投稿し続けるだけ。
この戦略が功を奏して、良いスタートダッシュを切ることができました。
これからの飲食店は、社会課題解決と経済価値創造の両立が求められる
その勢いのまま、翌2022年には業態が異なる飲食店「マグロスタンダード 門前仲町」を、さらに翌年には「マグロスタンダード 錦糸町本店」を相次いでオープン。
新店舗の“マグロを焼いて提供する”というスタイルは、宮﨑さんが代表取締役を務める株式会社 Pay it Forwardが取り組む、CSV経営を体現したものです。
宮﨑さん: 創業当初、飲食業界での横のつながりをつくりたくて、次世代外食オーナーズクラブ『外食5G』に参加しました。
そこで学んだのが、社会課題に目を向け、社会的な価値と経済価値をともに創造するCSV経営でした。
学ぶうちに、これまでやってきたこともCSV経営だったことに気づくのですが、1年ぐらいCSV経営を学んだアウトプットの場として開業したのがマグロスタンダードです。
マグロは、皮や内臓まで、ほとんどの部位をおいしく食べられる素材だと言われていますが、多くの飲食店では廃棄されてしまいます。
この、通常は廃棄されてしまうマグロのさまざまな部位を、焼肉店のようにテーブル上のガスコンロで炙って食すというユニークなスタイルを提案したマグロスタンダードは、多くのメディアに取り上げられました。
それに加え、店頭にマグロのオブジェをつるしたり、可愛いイラストをロゴ化したグラスを用意したりするなど、SNS映えするものを店内に配置する工夫によって、獲得が難しいとされる若年層の女性客を獲得することに成功。
さまざまな仕掛けによって、短期間のうちに人気店へと成長を遂げました。
“イケてる未来”を創っていくために、日本の飲食の価値を高めていく
宮﨑さんは現在、国内で店舗展開を進める一方、海外進出にも意欲的に取り組んでいます。
その第1弾として、ベトナムのハノイにてビルの1階から4階までを借り、各フロアで異なる業態の飲食店を2026年5月に開業しました。
海外進出は、同社のパーパス(存在意義・目的)である「食を通じて、日本のイケてる未来を創る」の実現に向けた挑戦の一つだそう。
宮﨑さん: 今や日本食は世界中から注目を集め、高い評価を得ています。
ミシュランの獲得数も世界一と言われていますよね。かつて、日本の大手製造企業が世界に飛躍していったように、飲食産業も日本経済を向上させる成長エンジンになり得るのではないかと思っています。
海外には約18万軒ものジャパニーズレストランがあると言われている中、日本人が経営している店舗はそのうちの7%程度に過ぎないそうです。
その比率をアップさせていくことが経済面だけではなく、日本を良くすることにつながるのではないか。
次の世代にバトンタッチするためにも、私たちのような世代が積極的に海外に進出して、さらに日本の飲食の価値を高めなければいけないと考えています。
「恩返しではなく、恩送り」という言葉が、飲食店経営の原点であり会社名の由来となったという宮﨑さん。
シドニーでの失敗、香港での格闘、コロナ禍での開業など、幾度もの壁にぶつかりながら、そのたびに覚悟を決めて前に進んできました。
そして今、次の世代に日本の飲食の価値を届けるため、世界へと歩みを広げています。
受け取った恩を次の誰かへ。
そのバトンをつなぎ続ける宮﨑さんの挑戦は、これからも続きます。
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