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【人生編】砂田兄弟が激戦地・渋谷で証明した「独自性」という唯一無二の武器【砂田健太さん・康太さん】

【人生編】砂田兄弟が激戦地・渋谷で証明した「独自性」という唯一無二の武器【砂田健太さん・康太さん】


砂田健太さん(左)/砂田康太さん(右)
東京・渋谷を中心に大衆酒場「大人気(おとなげ)」などを運営する、株式会社PEOPLE TASTEの共同創業者。岡山県倉敷市出身の兄弟。


料理人だった父は、自分の店を持つ夢を果たせないまま逝った――。

そんな亡き父が果たせなかった夢をかなえるため、それぞれ異なるアプローチで飲食業経験を積み、2022年に大衆酒場「大人気」を開業した砂田兄弟。

開業からわずか3か月で月商900万円を達成してから、渋谷を舞台に業態の異なる店舗を次々と生み出し、飲食業界で独自の存在感を放っています。強い絆で結ばれた二人が見据える未来とは。

「真似をするなら独立する必要はない」と語る二人の開業の原点と、これからの展望を伺いました。

●目次

「父のような、かっこいい大人になりたい」砂田兄弟が開業を決意した、揺るぎない原点

「好き」を「知見」に変える。2,000軒に渡る泥臭いリサーチの価値

仕入れも採用も「人脈」で乗り越えた、開業前にこそ積んでおくべき関係資本とは

業界の注目やメディアの活用だけでない、近隣の応援が生んだ口コミの連鎖

スタッフの“偏愛”を大切にしながら、これからも新機軸の業態を展開していく

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「父のような、かっこいい大人になりたい」砂田兄弟が開業を決意した、揺るぎない原点

父は和食の料理人、母は食品関係の仕事に従事する家庭で育った砂田兄弟。

週に1、2回は父が台所に立ち、腕を振るった料理を振る舞ってくれたといいます。
そんな両親の背中を見て育った砂田兄弟が、飲食業を目指したのは自然な流れだったように思えます。

しかし、父の「絶対に大学へ行け」という言葉に従い、二人はそれぞれに大学へ進学。

親元を離れ、新たな道を歩き始める中、兄の健太さんは父と同じ料理の世界へ進む決意をしました。

健太さん: 大学に進学して、将来の職業を考え始め、かっこいい大人ってどんな人だろうと思った時、真っ先に浮かんだのが親父でした。

子どもの頃から、やりたいことはすべてやらせてもらっていたんですよ。

自分にとって一番かっこいい大人は親父、自分の理想像だなと思い、親父と同じ料理の世界へ進もうと考えました。

そこで、大学を2年で辞めて地元の調理師専門学校に入って、卒業後は親父が勤務する和食料理店に就職しました。

なので、僕にとって親父は調理師としての師匠でもあります。

砂田兄弟

一方、東京の大学を卒業した弟の康太さんは飲食の事業部があるコンサルティング会社に就職。
その半年後、最愛の父が病で他界してしまいます。

しかし、父の死が砂田兄弟にとって独立開業を決意するきっかけとなりました。

康太さん: 親父には、独立して自分の店を持ちたいという夢があったと思うんです。

でも、親父自身が中卒だったからか子どもたちには学歴で苦労してほしくなかったようで、開業して店を開く自分の夢よりも、僕たちを大学に入れることを優先してくれたんですよ。

だからこそ余計に、兄も僕も親父がやりたいことをできずに亡くなってしまったことが、すごく悔しくて。

だから、親父の意志を継ぐ、というのではないけれど、僕たちが飲食の仕事をすることが少しでも恩返しできるかなと考えたんです。

それまで僕自身は飲食を良い仕事だと思う反面、大変な世界だなとも思っていましたが、親父の死をきっかけに、一気に飲食に気持ちが傾きましたね。

その後、兄の健太さんは大阪の人気飲食店グループ「SASAYA」などで料理人としての腕を磨きながら現場を経験。

弟の康太さんは、コンサルティング会社の飲食店部門や、店舗リース事業を手掛ける不動産会社で勤務から、出店コンサルティングや物件選びのノウハウを習得し、飲食店の現場も経験。

将来の独立開業を目指し、それぞれ別の場所、異なるアプローチで、飲食業界での経験を積んでいきました。




砂田兄弟

「好き」を「知見」に変える。2,000軒に渡る泥臭いリサーチの価値

砂田兄弟の絆の強さを象徴するエピソードがあります。

独立開業を決意しながら、それぞれ東京と大阪で生活していましたが、月に1回、二人で飲食店巡りをしていたといいます。

康太さん: 例えば、奇数月は大阪、偶数月は東京みたいな感じで、月イチで行き来していました。

お互いに家があるので宿代はかからないけれど、交通費を節約するために高速バスを使ったりしていました。

その頃は、いろいろな飲食店を見るのがすごく楽しかった時期で、大阪の酒場カルチャーと東京の酒場カルチャーの違いも面白くて。

お互いに店をリサーチして飲み歩くことを繰り返していました


健太さん: 結果、勉強にはなっていますけれど、最初は全然そんな感覚はなかったんです。
弟と会って一緒に飲むことが楽しいだけで。

ただ、僕の場合、親父と一緒に働いていた頃は、お客様の顔が見えない、もう完全にクローズなキッチンで料理を作るだけだったので、接客の経験がなくて。

そんな中、客として訪れた大阪の居酒屋で衝撃を受けたんです。
単なる接客ではなく、積極的にお客様との関係を築こうとしているというか……。

料理を提供するだけでなく、そこにいる人次第で店の雰囲気が大きく変わる。
そこに面白さを感じましたし、魅了されました

それが居酒屋をやりたいと思ったきっかけですね。

砂田兄弟

砂田兄弟にとって父の死が本気で飲食業に取り組むきっかけでしたが、この頃から独立開業への意識が高まり、意識的にリサーチしてお店を巡るようになったそう。

康太さん: 親父が亡くなった時に、兄と『なんかお店をやれたらいいね』という会話はありましたが、一緒にお店をやるまでの決意ではなかったんです。

でも、兄が大阪で働き始めたタイミングで『マジで一緒にやれたらいいね』と、リアルな目標に変わりました。

開業を目標に掲げてからの約6年間で、二人が巡った飲食店は全国2,000軒を超えるといいます。

その間、開業に向けてそれぞれの仕事を続ける中、独立に向けた機が熟したのは 2020年の年末。
切り出したのは弟の康太さんでした。

康太さん: 前職の株式会社プロダクトオブタイムに在職中、2020年の1年間で飲食店5店舗の立ち上げを担当させてもらい、それが自信になりました。

それと、頑張って結果を出しても、それが給与に十分反映されなかったことにモヤモヤしていて。

兄に『もう自分たちでやったほうがいいと思うし、できると思う』と話し、物件を探し始めたんです。

2020年の年末から始まった開業のための物件探し。
しかし、当時はコロナ禍の影響もあり、物件探しは想像以上に難航しました。

砂田兄弟

仕入れも採用も「人脈」で乗り越えた、開業前にこそ積んでおくべき関係資本とは

2022年8月、砂田兄弟にとって1店舗目となる大衆酒場「大人気」が東京・渋谷にオープン

開業からわずか3か月で月商900万円を達成するなど、連日満席の繁盛店として人気を集め、二人は飲食業界で注目の存在となりました。

康太さん: それほど資金もなかったので、もともとは郊外の駅周辺での開業を考えていました。

神奈川県の大和、鷺沼、中山、溝の口、中央林間、市ケ尾とか、内見だけでも17か所は行きました。
そのうちの7件に申し込んだのですが全部決まらなかったんです。

コロナ禍だったこともあって、連帯保証人のいない僕らは保証会社が間に入ると競合に負けてしまうんですよ。

諦めそうになっていた時に出合ったのが、僕たちの1号店である大人気の物件でした。

この物件は、以前康太さんが勤めていた店舗流通ネットの物件。

店舗周辺の雰囲気も気に入り、在籍中は康太さんの上司であり、現在は社長を務める人物に頭を下げてお願いし、何とか借りることができました。




砂田兄弟

健太さん: 当初は郊外での開業を考えていたため、今の大人気とは異なる、大阪の大衆酒場のような店をやりたいと考えていましたし、郊外に店を出すならメニューは定番料理ぐらいにして、お客様と楽しく会話できるようなお店にしたかったんです。

でも、渋谷で開業するなら、そうはいかない。コンセプトを変えて総合居酒屋にしようと。

そこに僕らが考える“渋谷らしさ“を加えたという感じです。

店のコンセプトやネーミングに加え、ロゴや店舗デザインといったビジュアル面は健太さんが担当

メニューは二人でアイデアを出しあい、大衆酒場で定番のおつまみメニューのほか、おでんや揚げ物、炒め物からデザートまで多彩な品ぞろえをリーズナブルな価格で提供

一方、康太さんは前職の人脈を生かした食材やドリンクの仕入れのほか、人事や総務面などを担当

兄弟ならではの“あうんの呼吸”で、それぞれの得意分野を生かしました。

康太さん: 本来、個人で独立開業する人が最初に苦労するのは仕入れ先の選定や価格交渉とかスタッフの採用、お店の宣伝だと思うんです。

ラッキーなことに、これらはトントン拍子で進みました。

これまで日々の仕事を通じて築いてきた周囲とのご縁に助けられ、スムーズにオープンを迎えることができたんです。

砂田兄弟

業界の注目やメディアの活用だけでない、近隣の応援が生んだ口コミの連鎖

特別な宣伝活動をすることもなく、短期間のうちに繁盛店へと成長したポイントは3つあると二人は分析しています。

康太さん: 1つには、大阪で有名なSASAYAと、まり花やBEETLEなどの業態を展開するプロダクトオブタイムにいた兄弟が居酒屋を始めることで、『どんな店をやるのか?』と業界から注目されていたと思うんです。

2つ目の理由としては、業界から注目されていたことで多くのメディアに取り上げていただいたことかなと。


健太さん: 3つ目の理由は、周囲からの応援ですね。

かつて、大阪で感じた楽しく居心地のいい居酒屋を体現しようと思い、休まず朝までお店に立ち続けていたんですよ。

そうすると、近隣の飲食店の人が営業終わりに来店してくれて『兄弟で頑張れよ』と応援してくれたんです。

今度はその人たちが他の人にも紹介してくれて。

もう、マジで二人そろって無我夢中で働いていたので応援してくれたんでしょうね。

本当に近隣の人たちに助けていただきました。

同業者であるからこそわかる大変さはもちろんのこと、砂田兄弟の人柄が醸し出す店の雰囲気が近隣の飲食店の人たちにも受け入れられ、口コミで人が集まりました

広告やSNSにはない、温もりのあるリアルな情報の伝播が、大人気を人気店に押し上げたのかもしれません。

砂田兄弟

スタッフの“偏愛”を大切にしながら、これからも新機軸の業態を展開していく

大人気をオープンした翌年の2023年5月、砂田兄弟は早くも2号店となる立ち飲み焼酎酒場「嚔(アチュー)」を開業。

店側からは詳しい住所も電話番号も公開せず、看板も出さないという斬新な戦略を取りながら、1年で月商600万円を売り上げる繁盛店に成長しました。

健太さん: 大人気の開業当初こそ休みなく兄弟揃って店に出ていましたが、優秀なスタッフが育っていったことで時間が取れるようになり、二人で旅行に行く余裕が生まれたんです。

その旅行先で『本当は小さな店舗で店をやりたかったな』という話をしていたタイミングで、たまたま8坪ほどの物件を紹介され、内見した時にビビっとくるものがあったんです。

もう一度、ここで腕試ししたいと思ったことが、「嚔」を開くきっかけでした。

砂田兄弟

また、あえて住所等を非公開にしたコンセプトについて、康太さんはトレンドに左右されることなく、息の長いお店をつくるための戦略だったといいます。

康太さん: おかげさまで大人気が人気となって、ちょっと浮かれて調子に乗ってたところもあるんですけど(笑)。

もう一度、兄弟で腕試ししたいねって話になった時に、広告やSNSで一時的に人気店になったとしても、トレンドっぽく終わってしまうと思ったんです。

他の店がやってないことであるとか、わざと自分たちに負荷をかけてみるのもいいかなと考えました。

そこで兄が、くしゃみを意味する『嚔』という屋号を考えたんです。
くしゃみが出た時って、どこかで誰かが噂していると言うじゃないですか。

そんな感じで、噂で広まる立ち飲み屋というコンセプトで。
これで流行ったらすごいぞと思って、そのワクワク感だけでスタートしました。



砂田兄弟

さらに、2025年4月には、高級マンションが立ち並ぶ、渋谷の中でも閑静なエリアの桜丘に、カフェからバータイムまで楽しめる次世代型のオールデイダイニング「CHERRY PICK HILLS」をオープン

砂田兄弟にとって初の昼業態として話題を呼びました。

康太さん: 前職で同僚だった女性がわざわざ大人気に転職してくれて働いていたのですが、『昼型の生活がしたい』と退職の相談を受けたんです。

実はスタッフから辞めたいと言われたのが初めてで、それが結構悲しかったのと、頑張ってくれていたスタッフの希望に合う環境を提供できないことに悔しさを感じたんです。

兄に昼の業態への進出を相談したところ『イケるっしょ』みたいな感じでスタートしました(笑)。

最初は大人気のスタッフの友人のバリスタが転職して来てくれたので、店のオペレーションは問題なく回りました。

その後、採用面や人材の配置ではちょっとした失敗も経験しつつ、今では安定的に運営が回っています。

また、「CHERRY PICK HILLS」開業の1か月後には、同じビルの地下1階に立ち飲みスタイルのフレンチビストロ「C'est ouf(セウフ)」をオープン

一流フレンチレストラン出身の熊谷友宏さんをシェフに迎えた新機軸の業態です。

康太さん: 2店舗目の嚔は、九州の焼酎蒸留所に毎月のように通い詰めて一緒に焼酎造りを手伝ってしまうほど変態的に焼酎を愛しているスタッフの偏愛から生まれたお店

CHERRY PICK HILLSも夜の業態時間は、ワインが好き過ぎてソムリエ資格を取ったスタッフが担当していますし、C'est oufも立ち飲みスタイルでありながら、くまちゃんのフレンチへの偏愛がちゃんと反映されたお店になっています。

砂田兄弟

スタッフそれぞれの「好き」や「こだわり」を業態の核としている背景には、これまでに飲食業で独立して失敗したケースを数多く目にしてきたから。

例えば、前職と似たようなコンセプトで開業してリスクを減らしたつもりでも結果的に廃業してしまうことも。

だからこそ、開業独立はゴールではなくスタートだという意識を持つことが大切だといいます。

健太さん: 前職で経験したことを真似るならば独立する必要はない

せっかく独立するなら、自分らしさを発揮することを目的に、勇気を持って一歩踏み出すことをお勧めしますね。


康太さん: 渋谷は、新しい出会いと気づきと変化がたくさんある街です。
新しいお店が次々とできますが、廃業するお店も多い。

いろんなことが起こる街ですが、僕たちみたいにそういう状況を面白がれる人間にとっては最高の街だと思うんですよ。

僕たちに対しても『次は何をやるの?』と期待してくれる人がたくさんいます。
これからも、その人たちの期待に応えたい
です。

父の夢を引き継ぎ、互いの強みを持ち寄り、スタッフの偏愛を業態に昇華させる

砂田兄弟の歩みは、飲食業に正解などないことを教えてくれると同時に、自分たちらしさを問い続けることの大切さに気づかされます。

二人の言葉からは、飲食業を愛するがゆえの厳しさと、渋谷という競争が繰り広げられている街で戦い続ける者の覚悟がにじみ出ていました。

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Coming Soon

※下記コンテンツは会員限定です。

>【こだわり編】スタッフが輝けば、店も輝く。砂田兄弟が4店舗で証明した「人」へのこだわり

>【失敗編】“いい人材”より“合う人材”。砂田兄弟が失敗から学んだ、採用とマネジメントの本質

>【仲間編】肩の力を抜いているけど、大切なことは譲らない。規格外の経営者が教えてくれた「店づくりの原点」